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2017.07.04 一縷の希望
一縷の希望

logbook #257 地獄温泉 清風荘

2016年1月 再訪レポ






2016年4月16日に熊本を襲った震度6強
マグニチュード7.3という阪神大震災に匹敵する大地震により
2日前の余震(震度7)で持ちこたえた家屋も次々と倒壊し
熊本市内でも観光地の熊本城の被害など数多くの爪痕を残しました

ワタシ達が何度も足を運んでいる南阿蘇村の被害も甚大で
国道57号線(肥後街道)と国道325号を結ぶ黒川にかけられた”阿蘇大橋”が完全に崩落していたのには言葉も出ませんでした
今回の災害で被害に遭われた方へのお見舞いを申し上げると共に、お亡くなりになられた方の遺族の皆様には
心よりお悔やみ申し上げます

すずめの湯46

世界トップクラスのカルデラを形成する阿蘇
周囲を外輪山に囲まれた阿蘇は東西18km 、南北25kmの広さを持ち
現在約5万人の人々が生活しています
カルデラの中心には中央火口丘群があり標高1000m~1600mの”阿蘇五岳”がそびえます

その中の一つ”烏帽子岳”(1337m)の中腹に湧く名湯があります
地獄温泉”清風荘”
江戸時代より続く歴史ある温泉で
当時は熊本藩主のみに入浴が許された細川藩指定の湯治湯
戦や政で傷ついた体を癒す格式高い湯として知られてきました
本館には文化5年(1808)に奉行所より定められた温泉利用の「掟」書が残っています

okite.jpg
~清風荘HPより~ クリックすると拡大します

明治時代以降になってようやく一般庶民に解放され
湯治場として発展してきました

広い敷地には本館から自炊部、別館まで宿泊棟が並び
食事処のほか名物の混浴露天風呂の”すずめの湯”
隣接して男女別の内湯”元湯”
本館奥に男性露天風呂、女性専用露天風呂”仇討ちの湯”
宿泊者専用の貸切風呂”新湯”と家族風呂があります

map.jpg
~清風荘HPより~ クリックすると拡大します

4つの源泉を持つこの宿
敷地の裏山には火山ガスの噴出により草木の生えない源泉地帯があり
その場所が”地獄”と呼ばれたことから
”地獄温泉”の名前がついたとされます

すずめの湯25

日中や休日にはたくさんの人達で賑わう混浴の”すずめの湯”とは対照的な
平日の夜の静かなひと時

すずめの湯17

湯船を区分けする木枠には滑る止めとしての切り込みがあり
今では芸術的な”すずめの湯”の素敵なアクセントになっています

すずめの湯20

歴史を感じる屋根や太い梁と柱

すずめの湯23

柔らかい白熱球に照らされた”すずめの湯”はとても幻想的です

すずめの湯12

”すずめの湯”の源泉は足元からの自噴泉☆
まさに劣化することなく”生まれたて”のお湯がプクプクと湧き上がってきます
大地のエネルギーが小さな気泡となって湯面で弾ける時に”鳴く”音が
すずめの鳴き声に似ていることから”すずめの湯”の名前がついたとされています

”ぬるめのゆ(41℃)”と”あつめのゆ(46℃)”に分けられたお湯は単純酸性硫黄泉
”あつめ”の方はかなりの激熱で、とても入ることができませんでした...(汗)
どちらのお湯も、もちろん加水なしの100%掛け流しです
自噴する湯底には砂利が敷き詰められていて、すくい上げると見事な泥がありました
あまり人の入っていない”あつめのゆ”の方がたくさんの泥があるので
皆さんそちらから洗面器に泥をすくってきては
”ぬるめ”の湯船で体にパックをしたりして楽しんでいます

足元自噴する硫化水素系のお湯は中毒の危険性もつきものです
当然、このすずめの湯もガスの発生はあるのですが
微量の硫化水素は逆に体に良く、気管支炎に効果があるとされます
なので充満の危険をなくすために壁を作らず、半露天の作りになったそうです

昔からこの”すずめの湯”には全国から多くのファンが訪れ
老若男女分け隔たりなく良き時代の裸の付き合いがあり
いつも人々の楽しそうな語らいが響いていたそうです

すずめの湯21

そんな昔ながらの日常を引き裂くように起きてしまった大地震

今回の地震に追い打ちをかけるように
同年6月にこの地を襲った集中豪雨では
ついに宿の裏山が山ごと崩れ落ち
敷地のほとんどが多量の土砂で埋まってしまい
明治中期に建てられた本館の中にも土砂が入り込み
もはや復旧も難しい状況になってしまったそうです

あの歴史を感じさせた黒光りする柱や
歩くとギシギシを音を立てる廊下ももはや見る影もなく
廃墟のようになってしまった清風荘
普及作業に入りたくても
この辺りは生活道路も土砂で流され完全なる立ち入り禁止区域
なのでボランティアの手も回らない状況
当時試算された復旧金額は9億円にのぼったと言います
この宿の経営者であり現在の社長”河津誠さん”は
当時を振り返り”もはや絶望的”だったと語りました

すずめの湯42

でもさすが人気の老舗旅館
この宿を愛してやまない支持者達が
被災3日後には普及支援のフェイスブックを立ち上げ
自己責任のもと、述べ2000人を超える施設ボランティアが設立され
現在では多量の土砂を取り除くまでに至ったそうです

先日”ミヤネ屋”で被災1年後の地獄温泉の様子をレポートしていました
地震当日の時が止まったかのような客室
土砂の影響で建物の8割を立て替えなければならない状況
その中で”なんとか歴史ある本館だけは残したい”と話していました

2011年に亡くなった父親に変わり現社長になった河津誠さん
次男で副社長の謙二さん、三男で専務の進さんという兄弟で新たにスタート!という矢先での出来事でした

日々現場に足を運び私設ボランティアと共に瓦礫や土砂を取り除く作業が続くそんな中
誠さんの目に”一縷の希望”が見えたと言います
なんと一番の名物”すずめの湯”からはシューシューと音を立てて
”ここにいるよ!”言わんばかりに
数センチの穴から勢い良く湯気を吹き出していたのです
奇跡的に土砂の流入を免れたすずめの湯
今現在もコンコンとお湯が沸きだしているそうです

すずめの湯47

あるインタビューで誠さんは語っています
「温泉が発見されてから200年。これからまた、100年、200年続いていく長い歴史のなかではこういうこともあるだろうし、たまたま自分たちが行き当たっただけかな、とも思っています」と
「僕らはこれから200年後のために人生をささげる。南阿蘇の、旗振り役にならなければと思っています」
「僕らの今の姿を見れば、次の世代が仮に苦難に見舞われても、乗り越える力になるだろうと思う」
これは並大抵の気持ちで出る言葉ではありません

このすずめの湯の息吹がなかったら
ここまでの気持ちにはならなかっただろう
何年かかってでも以前の清風荘を取り戻すと笑顔で語る誠さん
普及どころか、これを機に九州一の観光地、旅館を目指しますと頼もしく話していました

すずめの湯58

今回の出来事で大きな気づきもあったそうです
”お湯は人が入らなければ機嫌が悪くなる”という事。
温度が一定にならなかったり、湯面に膜が張ってしまったり

人が住まなくなってしまった家が痛むのが早くなるのと同じ
沸いているだけでは”ただのお湯”だと
「人が入り、人が手入れをし、人が携わって初めて温泉」

きっと数年後
歴史に残る復活劇を遂げた清風荘と
湯守の名人”河津兄弟”の真の笑顔を見る日も
そう遠くはないと
改めて確信しました☆

そんな日を夢見て
ワタシにできる事のひとつとして
このレポートを残したいと思います

清風荘FBはこちらから
皆様の声援も宜しくお願いします


みうたん☆クローバーZの混浴ログ♪

【地獄温泉 清風荘】
~2016.1 訪問~

みうたんお気に入り度☆☆☆☆☆

【住所】 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽2327
【☎︎】 0967-67-0005
【入浴料】 600円
【入浴時間】 10:00~18:00
【定休日】 不定休(要確認)

    熊本地震の影響で現在休業中

【HP】 地獄温泉 清風荘


参考であり、変更もしくは過去のデータである恐れがありますのでご理解ください

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